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ヘレーン・ハーフ「チャリング・クロス街84番地」


『チャリング・クロス街84番地 増補版』編著・ヘレーン・ハーフ 訳・江藤惇 

中央公論新社(2021年)


ニューヨーク在住の女性脚本家ヘレーン・ハーフと、ロンドンの古書店に勤めるフランク・ドエルの、対戦間のない1949年から20年に渡る手紙を収めた書簡集。本の購入を介して交わされた手紙には、本への愛と温もりが感じられる。

初版は1980年に講談社より。


人と連絡を取るときの手段は何かと聞かれたら、みなさんは最初に何を思い浮かべるでしょう?LINE、電話、メール、SNSのDM…。きっと真っ先に手紙を挙げる人は少ないのでしょう。

手紙を書くのももらうのも、私はとても好きです。相手のことを思い浮かべながら、相手のことを考えながら自分の手で字を紡ぐ営みのなんと温かいことか。今の時代、連絡なら指先一つですぐに相手に届きます。それでもなお、届くまで少し日のかかる手紙を、2日前に送れば予定の日に届くだろうかと、ポストに入れて相手に届くのを待つ時間。特に日時の約束をしない返事が、いつ帰ってくるだろうかと郵便受けを覗く毎日の小さな高揚感。そんなやりとりに心が温まるのです。


この本の収められた手紙は、まだメールも国際電話も普及していない時代にニューヨークとロンドンの間で交わされました。最初のまだ堅苦しさの抜けない文面から、どんどん機知に富んだ本への愛と教養を感じるやりとりになっていく様子に、手紙という交流ならではの独特のコミュニケーションの力を感じずにはいられません。次第にやりとりをする相手が増えていくというのも、手紙ならではですね。このやりとりがきっと電子メールだったら、別にメッセージを交わしあい、クリスマスプレゼントを贈るような交友は生まれないでしょうから。


編著者であるハーフには深い教養を感じます。求める本の趣向や、ユーモアの随所に文学への深い造詣を感じます。それに対するドエルの丁寧さを欠かさない返事は読んでいて飽きることがありません。書簡集というのは実際の手紙を集めたわけですから、もちろんストーリーらしきものはありません。それでもこの本が多くの人の手に取られたのは、きっと2人のそのようなやりとりから教養と思いやり、そして本への惜しみない愛情を感じるからなのだと思いました。

それに手紙の内容から当時の時代背景を感じ取れるのも、現代ならではの楽しみ方ではないでしょうか。やりとりが始まったのは1949年、大戦が終結して間もない頃。ハーフのいるアメリカは勝戦国として栄えている頃。一方イギリスも勝戦国でありながら、戦禍の跡が拭いきれずに困窮している頃です。手紙の中でもドエル達がハーフからのストッキングや食べ物の贈り物に感謝していることから、食糧の入手も簡単ではなかったことを伺えます(よく出てくる乾燥卵って、一体どんなものなのでしょうね…)。イギリスも次第に豊かになっていったことも手紙の中から伺えますし、途中で出てくる国王の死去と女王の戴冠はジョージ6世とエリザベス女王のことでしょう。

20年にも渡る手紙のやりとりを通じて、その当時、人々がどのような生活をしていたのかを知ることもできるのです。


ハーフがドエルに頼んでいた書籍のいくつかを読んでみるのも、また新しい発見があるかもしれませんね。日本語に訳されていることを祈りつつ。


きっとこの本を読み終えたとき、あなたも誰かに手紙を書きたくなることでしょう。温かい紅茶と、お気に入りの便箋と封筒、書き味のいいペンを手元に読んでみてはいかがでしょうか。

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